2022.07.13

持続可能な観光戦略~今こそ求められる観光DXとはなにか~

持続可能な観光戦略~今こそ求められる観光DXとはなにか~

<登壇者>
藤澤 政志(株式会社ナビタイムジャパン 地域連携事業部 事業部長)
丸山 大輝(ボールドライト株式会社 経営企画室)
王璇(一般社団法人日中ツーリズムビジネス協会 代表理事)
ファシリテーター:小池 ひろよ(一般財団法人渋谷区観光協会 理事・事務局長)

「持続可能な観光戦略~今こそ求められる観光DXとはなにか~」がテーマのセッション2は、藤澤政志さん(株式会社ナビタイムジャパン 地域連携事業部 事業部長)、丸山大輝さん(ボールドライト株式会社 経営企画室)、王璇さん(一般社団法人日中ツーリズムビジネス協会 代表理事)が登場。観光DXの解釈についてや具体的な取り組み例、中国の観光市場についてなどが議題に挙がりました。前半はそれぞれの事業の紹介、後半はクロストークという構成のセッション2から、本稿ではクロストーク・パートをテキスト用に編集したものをお届けします。
※全編は映像でお楽しみください。

●観光DXとは?

小池ひろよ(以下、小池):私は個人的に“みえDXアドバイザーズ”というのをやらせていただいているんですけど、観光DXについてはまだまだ学ぶことが多いと思っています。そういう立場から率直な質問で、“観光DX”ってなんなんでしょうね? 「デジタルとDXの違いを勘違いしている人が多い」っていう話もよく聞きます。

藤澤政志:観光産業っていろいろな面で遅れていたから、デジタルが入ってくること自体が遅かったんですよね。昔ながらの旅行サービスとインターネットの世界……つまりOTAが、お互いを敵視して共存できていなかったことは絶対にあった。それらが空中戦でお客さんの奪い合いをしていて、地域だったりが置いてきぼりになっていた業界だったのかなって。ここで難しいのが、デジタルを導入したからって必ずしも新しいことができるかと言われたらそうでもないってことです。例えば入場券をデジタル・チケットに変えても、それでお客さんが増えるわけではないし、それがDXかと言われるとそうじゃありませんよね。DXって一般的に“守り”と“攻め”があると言われますけど、今求められているのは、攻め。どう誘客するか、どう単価を上げるか。デジタルを利用してビジネスをしていく側面が求められているし、個人的にもそっちが大事なんじゃないかなって気が、なんとなくしています。

小池:なるほど。私たち渋谷区観光協会も、丸山さんのボールドライトさんと一緒に『渋谷デジタルマップ』を初めています。それで気がついたこととして、商店街の皆さんも、どうやって人を呼ぶことができるかは考えている。でも、こういうサービスをどう使えばいいかまでは辿り着けていなくて。だから私たちのような組織が、「こう使ってみたらいかがですか? そうすると、こういう人が多く来てくれるようになるかもしれません」と対話をさせていただきながら、使っていただく機会を増やしていきたいと考えています。要するに、デジタルによって“稼ぐ力”をどう変えていけるかまでを描けるようになるといいな、と。その一方で、デジタル・ディバイドの問題もありますよね。皆さん、紙がなくなる時代は来ると思いますか?

丸山大輝:我々は『プラチナマップ』を運営するにあたり「紙を削減していく」をミッションの1つにしているのでアレなんですけど(笑)、それが何年後になるのか、何十年後になるのかは明確には分からないし、難しいんじゃないかなっていうのは正直ありますね。

藤澤:紙の良さもあるんですよね。

小池:そうなんですよね。ナビタイムさんと取り組んでいる施策で、渋谷区内の小学生たちと一緒にインバウンド・マップをマップを作っているますけど、あれは紙の良さがありますよね。子供たちがイラストを描いて。

藤澤:あれは良い企画ですよね、手前味噌ですけど。紙で出したときの楽しさもあるし。

小池:あとは、温かみもあって。そういうものがなくならないうちは、やっぱり紙がゼロになることはないのかなとも思います。

藤澤:王さんに聞いてみたいんですけど、中国はかなりデジタル先進国で、中国に行くと紙のガイドブックって見たことがないんですよ。その辺り、どうなっているのか気になっていて。

王:一応、紙のガイドブックはあるんです。特に日本の観光ガイドブックはいろいろなシリーズがあって、コレクション的に集めている人もいるくらいです。もう、コンテンツになっている時点で紙の良さだと思いますよ。コンテンツじゃなくて、あくまでツールだったら、「紙じゃなくてよくない?」ってなりますよね。

藤澤:そうなんですよね。「ツールなのか、コンテンツなのか」はすごくいい区別だと思った。

丸山:我々のサービスを導入してくださった方の中には、例えばデジタル・スタンプラリーについて、これまで通り紙でやったほうがいいって人もいるんですよね。ただ、使い分けかなあと思っていて。紙ならではの楽しさは分かる一方で、DXって視点で考えると、紙だとサービスの広がりに限界があるのも事実です。そういったところは適宜、使い分けていくことがいいのかなと思いますね。

●王さんだけで1億人、巨大な中国の観光市場

小池:ここからは、王さんに中国の観光のマーケットについて教えてほしいんですけど。

王:観光業界はプレイヤーが多く、考え方もいろいろな切り口がありますよね。例えば、観光目的地と、宿、店、施設。そういったものを1つのセグメントとして、あとは旅行代理店やOTA。大きく分けてその2つのセグメントがあるとしたら、中国ではどちらも大きく変化しているなと。1つめのセグメントに関して言えば、テンセント、アリババグループ、バイドゥグループの3社によっていろいろなエコシステムが構築されているんですけど、それぞれモバイル1つですべてのことができる。旅前から旅後までワンストップで完結することができています。さらにそういった変化は、コロナの中でも加速していて。代表的な例として、これまでライブ・コマースは観光の分野では成り立たなかったと思うんですけど、コロナで観光が壊滅的な状況になったことで、地域を含め、みんなで取り組み始めている。もう1つは、デジタル人民元……もうすぐ日本の方の耳に入ってくるかもしれませんが、そういうものも加速しています。2つめのセグメントでは、ショッピングです。トラベルが厳しい状況下で、旅行代理店やOTAが地域の工芸品や果物などの販売にシフトし始めています。だから旅行代理店の定義もだんだん変わってきた。さらには、オーダーメイド・トラベルという領域も。旅行代理店はもともといろいろな旅行パッケージをデリバリーしていたわけですけど、そうではなく、コンシェルジュ的に高付加価値の施策を提案する。そういったものがトレンドになっていると感じていますし、日本も今後そうなっていくんじゃないかなという見立てがあります。

小池:そういったことって、ある程度人員がいないと実現できなかったりしますよね。

王:人員もそうなんですけど、スピードや組織構造も重要ですよね。中国って、政府が非常にパワーを持っているので、ほとんどのことはトップ・ダウンなわけです。コロナの感染対策がとにかく優先順位第一と決めたら、施設から事業者までそれを守らなければならない。必然的に変えなければならない。そういう環境も、力になっていると思います。

小池:たしかに。あの圧倒的な力はなんなんだろうと思っていたんです。人口もまったく違うし。

王:私と同じ苗字の王だけで、中国には1億人いるんですよ(笑)。1つの省にも1億人いるし。中国のマーケットサイズは日本の10倍もあるので、そういう意味では何かを取り組むときに採算を取りやすいとも言えますし、とにかく1つの挑戦のやりやすさは圧倒的です。

小池:王さんはそうやって中国のマーケットに精通している一方で、岩手の観光大使をやっていたり、今日も富山でマラソンをして帰ってきたりしていて、日本の地方にもよく行っていますよね。王さんから見て、日本の地方に可能性などは感じますか?

王:伝えたいことがありすぎて絞るのが難しいんですけど、例えば今日、富山でマラソンをしてきて、マラソンの経済効果は絶大だと思いました。日本の旅行市場だと、1回の旅行に使うお金は平均で3万円くらいらしいんです。でも私、今回の富山では7万円使っていて。マラソンに必要なものも買うし、せっかく富山に行くなら観光もしたいから、移動もする。経済効果じゃない付加価値でいうと、マラソンに参加するからなるべく健康を保ちたい。参加型のイベントは、そういう付加価値もあります。

藤澤:イベントには経済効果がすごくありますよね。今までもけっこう行われてきたことではありますけど。丸山さんのサービスでもデジタル・スタンプラリーを行っているとのことで。ちなみにスタンプラリーって、行ってから楽しむものなのか、それともスタンプラリーがあるから行くものなのか……(笑)

丸山:どっちもだと思います。我々はスタンプラリーを開催するにあたって、やはり参加者を増やしたいので豪華な商品を用意することもありますし、たくさん人を呼んで回遊させたいから、景色のフォト・コンテストなどを企画したりしています。そういう意味では、来てからではなく、来る前に企画や観光資源をしっかり認知していただいて期待値を高めていく。それが中長期的なものにつながっていくと思いますから。

藤澤:ある意味、強制的に回遊を促すことができますから、普段は行かないだろうところにも行ってもらえるし、知ってもらう機会にもなるということですよね。

小池:私たちもスタンプラリーのような施策には可能性を感じています。デジタル・スタンプラリーまではまだできていないし、やはりコンテンツありきだと思うんですけど。最近は渋谷も映画やアニメや漫画の聖地になることがあって、そのコンテンツが大好きなファンの方が、街を回遊しながらすべてをクリアすると達成感があるとかで。

藤澤:来てもらうのが1回じゃなくてもいいんですもんね。何回かに分けて来て達成してもらえばいい。

王:それで思い出したのが、ある旅行会社が、コロナ期間中に日本の全47都道府県を制覇するツアーを企画したんですよ。制覇したら商品がもらえる。そのくらい、リピーターをターゲットにしている。

小池:1週間とかじゃなくて、3年くらいかけてね。

藤澤:認定書とか証明書とかがもらえるイベントがあると思うんですけど、中国の方もそういうものがもらえると嬉しいものなんですか?

王:そうですね、中国の人は、基本的に賞状をもらいたいです(笑)。賞状は、ツアーのセットで付けたほうがいいですよ。私も2019年、中国から日本へのスキー・インバウンドに取り込んでいた時期があるんです。それも資格が取れたら賞状を渡すというものでした。

藤澤:ちなみに中国の方が喜ぶ賞状や認定書は、デジタルでもいいんですか?

王:人によるかもです。ただデジタルはあくまで手段ですから。

藤澤:そうですよね。デジタルに関しては、課題がないとプロダクト・アウトになりがちなんですよね。“このツールがあるから地域がよくなる”ってわけじゃないですから。

丸山:スタンプラリーも、目的じゃなくて手段ってところかな。ただ、そういった企画を通して回遊してもらうことで、いろいろな課題解決につながると思っています。

●DXが当たり前になる時代

小池:最後に、観光産業においてDXが当たり前になるのは何年後くらいになると思いますか?

丸山:ゴールがどこなのかにもよりますが、DX戦略を進める前に、観光協会やDMO、地域の飲食店や宿泊施設とのサプライヤーをいかに築くのかが重要で。それが強固じゃないとDXも威力を発揮しないと思うんです。地域によって連携の強度が違うと思うんですけど、受け入れ側の体制が整って、初めて取り組んでいける。渋谷区さんと取組みをやったときも、飲食店さんに「こういう取り組みをやります」とお声がけにに行きましたけど、基本的には1人も嫌な顔をする人はいませんでした。そういった体制を受け入れ側が作っていくことも大事なんじゃないかなと思いますね。

藤澤:観光DX自体はずっとやり続けると思うんですけど、そのうちに「DXをやる」っていうことを言わなくなると思っています。例えば旅行業界では、以前は“ハネムーン”ってずっと言っていましたよね。昔はハネムーンが特別だった時代があって、それで言っていたと思うんです。でも、今の若い人は“ハネムーン”なんて言わない。それに最近では“ビッグデータ”って言葉がバズワード的に流行ったんですよ。でも今もう、デジタルで取れるデータを分析しようなんて当たり前になってきていて、「何を分析しますか?」から入りますよね。トレンド発信地である渋谷区のようなところが観光DXの事例を1つやると、「そういうことができるんだ」っていうモデル・ケースになる。そうすると、「DXをやりたい」じゃなくて、「あそこの観光協会と同じようなことがやりたい」ってことになると思うんです。今は種まきの状態ですが、それもまあ、あと1、2年くらいじゃないかなと思ってます。「渋谷区観光協会みたいなことがやりたい」がゴールですね。

王:中国も日本と同じように、施設の入場券が会員カードになったところからDXが始まっているんですけど、それが管理できるようになったのは2014年。いわゆるモバイル決済が盛んに行われるようになった時期です。最近はライブ・コマースも盛んで、それでDXってみんな言っているんです。ただ最近のDXといえば、スマート・シティとAIがキーワードなんですね。全部、顔認証。駅もそうですし、人間が歩くだけで全部ができる世界観を中国は目指しています。そういう中国の流れに沿って想像すると、中国は大体3年スパンで動いているから、日本もまずはトップの意思決定があって、その3年後くらいなんじゃないかなと思っています。